スズキヤスフミの脳が腐敗する前に

47歳男の偏差値が低い哲学の話。乃木坂話もあるよ。

宗教アレルギーその1

 最初に断っておきますが、僕はルター(世界史の授業でお馴染みですね)派のキリスト教徒です。でもこの場で布教活動をする訳ではないのでご安心を。(そんなに立派な人間じゃないしね)

 さてさて、今回のテーマは「宗教アレルギー」です。色々ありますので、何回かに分けてお話します。

 皆さんは宗教に対してどんなイメージがありますか?非科学的でおばちゃんがハマっていてお金を沢山取られそうで気持ち悪い。僕もそう思います。これは何故かというとあまり真剣に宗教を突き詰めていない人が多いんじゃないか、という事ですね。

 本来宗教は「魂」を揺さぶる、五感では感じられない物事を取り扱う行為である、と思います。お墓参りでご先祖様がここにいるとか、お盆の時に田舎に帰って自分と外界の区別が付きづらくなるとか、これが宗教の「始まり」です。(お盆の時に怪談話を聴いたり、人によっては幽霊を見たりとか)

 そこから何千年も掛けて人間は宗教を色々探求して、遂には哲学のレベルまで宗教を「進化」させました。これは人類の英知であり財産です。この知恵を真剣に突き詰めると、例の気持ち悪いイメージは払拭されるはずです。

 しかし人間は「進化」し過ぎた様です。科学文明が発達して、「魂」を揺さぶる感性も、五感には感じられない物事を考える余裕も無くなったと思うのです。(もちろん科学文明は良いものです。これで快適な生活が送れて、僕がブログを書けるのですから)

 それにより、現代人は宗教を「退化」させてしまいました。はっきり言って現代の宗教界は腐敗しています。科学を全面的に否定したり、感性を雑に扱って気持ち悪くなったり、拝金主義が蔓延ったりしています。

 さてどうすれば良いのか、そんな大きな事僕が解る訳はありません。しかし少しずつ書きながら考えてみたいと思います。あと宗教戦争についてもコツコツ考えてみたいと思います。これがあるからブログが書ける、というものです。
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 ※カタイ話だったのでゆるキャラでもどうぞ

乃木坂話

 いや〜ひどい文章ですね。初めてのブログで緊張してこんな読みづらいものをWeb空間に放出してしまいました。精進します。

 さて第二弾。ヘイトスピーチについて書きたいと思いましたが、考えがまとまらなくなりました。じゃあ柔らかい話でも…っていう事で乃木坂46について。

 いや〜僕ももう47歳ですよ。乃木坂メンバーの親の歳ですよ。実際姪っ子は19歳だし…

 そんな訳で僕が乃木坂やAKBやハロプロ(僕はDDです。悪かったな!)に対しる視点は、女性としてじゃなく、「可愛くて元気な姪っ子」として見ています。中学生じゃないんだから。

 でもここで思ったけど乃木坂46はどっちかというと「おとなしい」というイメージで「元気な子」ならハロプロでしょ。でも僕は乃木坂が好きなんですよねぇ。何故か。彼女たちを観ているととにかく元気になれる。日曜日の夜、「乃木坂工事中」観たら明日頑張ろうという気になれる。乃木坂46はおとなしいけど画面から若さという「パワー」が出ている。そこがアイドル道楽の醍醐味だったりしますね。

 ところで誰推しなのか?「乃木恋」では「寺田蘭世」だったりする。ハロプロでは…

はじめまして

 初めまして。Radikoで「たまむすび」聞きながら書き込みしています。小田嶋さんがうるさいですね。

 さて僕は今年の3月から40日ほど肺炎で入院していました。病棟は寝たきりのお年寄りばかりで自由も無くご飯が不味くて肺炎以外は悪化してしまいました。

 と、言うのも僕は肺炎以外に椎間板ヘルニアと糖尿病と躁鬱病(これが一番長い。僕は精神障碍者です)と、色々病気をやっており、中々きつい毎日を過ごしております。

 でも、そんな事ブログの読者さんにはどうでもいい事ですよねー。

 じゃなんでこのタイミングでブログを書きたくなったかと言うと、入院中に色々考えた事が多すぎて、頭の中で腐らすよりもネット空間に吐き出して、あわよくば書籍化して印税生活をしてみたい。そんな下心からスマホでチキチキ書き込んでいます。ひどいですが最後まで読んでね。

 さて、僕が入院していた時に、あるニュースがありました。栃木県で8人の高校生が雪崩で命を落としてしまいました。痛ましいニュースです。

 で、僕は考えました。「何故こんな有為な若者たちが死んで、僕みたいな精神障碍者が生き残っているんだろう?」………

 書いてみてかなり傲慢な疑問だと思った。が話しを進める。

 生き残っている、と言う事は、自分に、まだ、やらなけれならない仕事が、あるのではないのか、雪崩で死んだ高校生の為にも、この仕事をしなければならない、でも何をしたら良いのか分からない。

 命がある、と感じるのは傲慢で身勝手で、とてもエゴイスティックなものです。まして病院に入院して生還してみると、死は敗北で死者は敗者だ、と罪深い事を考えてしまいます。多分現代医療はそう考えているのでしょう。しかし僕はそう考えてませんね。死は必ずやって来るもので、どうやって死ぬのか(自殺ではなく)その為にはどう生きるのかが、人間の値打ちなんだと考えています。

 まぁ重いテーマを取り留めも無く書き込んだので、答えにはなってないですね。ブログにはコメント欄があるそうで、なんでも良いから感じた事があったらコメントお願い致します。
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 ※夕暮れの函館市内です。