スズキヤスフミの脳が腐敗する前に

47歳男の偏差値が低い哲学の話。乃木坂話もあるよ。

はじめまして

 初めまして。Radikoで「たまむすび」聞きながら書き込みしています。小田嶋さんがうるさいですね。

 さて僕は今年の3月から40日ほど肺炎で入院していました。病棟は寝たきりのお年寄りばかりで自由も無くご飯が不味くて肺炎以外は悪化してしまいました。

 と、言うのも僕は肺炎以外に椎間板ヘルニアと糖尿病と躁鬱病(これが一番長い。僕は精神障碍者です)と、色々病気をやっており、中々きつい毎日を過ごしております。

 でも、そんな事ブログの読者さんにはどうでもいい事ですよねー。

 じゃなんでこのタイミングでブログを書きたくなったかと言うと、入院中に色々考えた事が多すぎて、頭の中で腐らすよりもネット空間に吐き出して、あわよくば書籍化して印税生活をしてみたい。そんな下心からスマホでチキチキ書き込んでいます。ひどいですが最後まで読んでね。

 さて、僕が入院していた時に、あるニュースがありました。栃木県で8人の高校生が雪崩で命を落としてしまいました。痛ましいニュースです。

 で、僕は考えました。「何故こんな有為な若者たちが死んで、僕みたいな精神障碍者が生き残っているんだろう?」………

 書いてみてかなり傲慢な疑問だと思った。が話しを進める。

 生き残っている、と言う事は、自分に、まだ、やらなけれならない仕事が、あるのではないのか、雪崩で死んだ高校生の為にも、この仕事をしなければならない、でも何をしたら良いのか分からない。

 命がある、と感じるのは傲慢で身勝手で、とてもエゴイスティックなものです。まして病院に入院して生還してみると、死は敗北で死者は敗者だ、と罪深い事を考えてしまいます。多分現代医療はそう考えているのでしょう。しかし僕はそう考えてませんね。死は必ずやって来るもので、どうやって死ぬのか(自殺ではなく)その為にはどう生きるのかが、人間の値打ちなんだと考えています。

 まぁ重いテーマを取り留めも無く書き込んだので、答えにはなってないですね。ブログにはコメント欄があるそうで、なんでも良いから感じた事があったらコメントお願い致します。
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 ※夕暮れの函館市内です。